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四万十川だより(4)-2013年落ちアユ漁の解禁-

12月1日早朝6時。まだ夜も明けきらない薄暗い朝靄の中で、落ちアユの解禁を待ちわびた人たちが一斉にアユ漁を始めます。アユの産卵場が集中する四万十川下流域で毎年見られる“落ちアユ漁”の光景です。以前は11月16日に解禁されていた落ちアユ漁も、近年めっきり減ったアユを保護するために、2000年には高知県全域で解禁を2週間遅らせることになりました。
昔を知るベテランの漁師さんの話では、1980年代以前には解禁日(当時は11月16日)は数千人の人が漁に出てものすごい人出だったと聞きます。川船いっぱいのアユ(一体何キロ?)を獲った漁師さんもおり、箒で掃くほどのアユがいたとか。年明けもアユを獲る人で川が賑わったそうで、かつての自然の恵み豊かな四万十川の姿が偲ばれます。
この当時は高知県が全国一位のアユ漁獲量を誇った時代であり、その主体は県下随一の河川である四万十川のアユ資源であったと思われます。落ちアユ解禁日には中村(現四万十市)市街の至るところでお祭り騒ぎとなり、近隣のあちこちの軒先で落ちアユを肴に互いに親睦を深めたそうです。
アユがずいぶん少なくなった今日ですが、産卵後の弱ったアユは老若男女誰でも簡単に獲れるということもあり、一年に一度、この落ちアユ漁の時だけ川に出てアユを獲ることを楽しみにしている方もおられます。2012年は大きなアユが次々と網や竿に掛かり、久しぶりの豊漁で解禁後もしばらく賑わいましたが、2013年は残念なことにアユが小振りで数も少なく、あまり良い漁にはならなかったようです。それでもうまくアユの群れにあたった人もいて、河原で塩煮*を囲んで冗談を飛ばし合いながら酒を酌み交わしていました。
川はいつの日もそこで暮らす人々の姿を映し出します。四万十川でもアユをはじめとした自然の恵みを通して、地元の方々の触れ合いが長く続くことを願っています。

四万十川での落ちアユ漁の風景(2013年12月)

刺網にかかった落ちアユ

アユの塩煮。中村を代表する伝統料理です

四万十川だより(3)-渇水と高温とアユ-

テレビや新聞で再々取り上げられているので皆さんもよくご存知のことと思いますが、西日本の太平洋側ではかつてない猛暑が続いています。一方、日本海側の各地では、かつて経験したことのないような局地的な集中豪雨によって、河川の氾濫や土砂災害など甚大な被害が相次いで発生しています。
四万十川中流の西土佐地区では、8月に入って連日最高気温が40℃を超え、ついに日本記録を更新し(2013年8月12日、最高気温41.0℃)、一躍有名になりました(右図参照。4日連続40℃超も日本記録)。当地では戸外に一歩出ると、太陽の照り返しで熱風が吹き付けるような感覚に陥ります。
しかし地元では、日本で最も“熱い”町を逆手に取った動きも出ており、早速通常100円の“かき氷”が41円で販売されたり、地元うどん店が考案した“氷うどん”(だし汁をかき氷にして冷やしうどん風にしたもの)もニュースに取り上げられていました。今夏は7月中旬から雨も少なく、四万十川も極端な減水傾向が続いています。少雨と気温の上昇があいまって、川の水温も8月に入って30℃を超え始め、このところ川に入るとまるでお湯のような感覚を覚えます。
昔、アユが夏の盛りに瀬から姿を消して水温が低い淵底などに移動することを「土用隠れ」と呼んでいました。これは高水温に対するアユ自身の適応的な行動なのかもしれませんが、本当の理由はよく分かっていないようです。元々、四万十川は河川勾配が緩いため夏場に水温が上昇しやすい川で、水温が30℃を超えることも珍しくはなく(特に中流域)、高温期には淵底の冷たい水が湧出する場所にたくさんのアユが群れることも実際に観察されています(高橋・東、2006)。ただ、今年ほど水量が少ない状態が長く続くのは記憶にないと地元で川漁を楽しむ方々は仰っています。その一方、シマイサキ、ギンガメアジ、キチヌ、ボラなどの海水魚は淡水域に活発に遡上してたくさん見えていると聞きます(ボラの稚魚は春先にアユに交じってたくさん遡上します)。高水温期に河川下流域で海水魚と淡水魚の双方が見えるのは四万十川の魚類相の特徴でありましょう。
まだしばらくは猛暑が続きそうですが、ひとたび台風等の出水があると、河川水温も低下し、川の環境が更新されます。秋になって、夏を乗り越えたアユがたくさん下流に戻ってくることを楽しみに待ちたいと思います。

【引用文献】高橋勇夫・東健作.2006.ここまでわかったアユの本.築地書館,東京.

四万十市江川崎における7~8月の日最高気温(気象庁ホームページより作成)。昨年(2012年)と比較すると、今年は最高気温が35℃を上まわった日数が明らかに多く、特に7月中旬以降猛暑が続いていることがわかります。

水位が低下して河原が広がった四万十川下流域

四万十川だより(2)-四万十川のテナガエビ漁-

土佐の地も梅雨の季節となりました。今回は、四万十川を代表する川の恵みの一つであるテナガエビについてご紹介します。
四万十川でのテナガエビ漁は4月頃から始まります。四万十川でもっともポピュラーな漁法は“エビ筒漁”とよばれるもので、塩化ビニール製のパイプをロープでつないで川岸に沈めます。漁師さんの中にはエビ筒を百個以上沈める方もいます。エビ筒漁に使うエサは、以前は米ぬかが主流でしたが、最近は「手が汚れない」ドッグフードを使う方も多いそうです。エビ筒には“カエシ”が付いているため、エサに誘われていったん筒に入ると出ることができません。漁獲されたテナガエビは市場に出荷され、時季にもよりますが1キロ当たり3~4千円の値がついているようです。
四万十川で主に漁獲されるテナガエビは、ヒラテテナガエビとミナミテナガエビの2種です。両種のオスはハサミの形で見分けることができます。ヒラテテナガエビは流れの速い瀬に、ミナミテナガエビは流れのほとんどない淵に棲んでおり、それぞれの形の違いも流れや河床に適応したものと思われます。四万十川におけるこれら2種の生態は平賀・山中(2005)に詳しく記されていますので、興味のある方はぜひご一読ください。

さて、肝心のテナガエビ料理法ですが、高知県の居酒屋では“唐揚げ”が定番メニューとなっています。これはビール党には絶品のツマミです。また、幡多地方(高知県西南部)の家庭では、キュウリと一緒に甘辛く煮付けて調理されるのが一般的です。こちらはやや甘目の味付けですがご飯がどんどん進みます。なお、煮付けの場合はキュウリを後で入れるようにしてください。キュウリを先に入れると煮崩れてしまうので要注意です。
テナガエビは夏の四万十に欠かせない味覚の一つです。四万十川を訪れた際には、ぜひテナガエビもご賞味頂ければと思います。

【引用文献】平賀洋之・山中弘雄.2005.四万十川中・下流域におけるミナミテナガエビおよびヒラテテナガエビの成長と繁殖.海洋と生物,27(1):3-9.

瀬に多いヒラテテナガエビ

幡多地方のテナガエビの煮付け。キュウリと煮付けるのが特徴です。

四万十川だより(1)-春を告げるゴリ上り落とし漁-

当社の四万十リサーチセンターは、「最後の清流」として知られる四万十川が流れる高知県四万十市にあり、四万十川やその近隣の河川を主なフィールドとして、アユをはじめとする魚介類等の生態調査・研究を行っています。
このほど、現地に駐在する東(あずま)研究員より四万十川の春の便りが届きましたので、皆さんにご紹介いたします。

四万十川下流域では、毎年3月になるとゴリの「上り落とし漁」が始まります。ゴリとはヌマチチブの稚魚のことで、漁獲されたゴリは塩をかけて水洗してぬめりを取ってから調理します。主に唐揚げや卵とじとして賞味され、四万十川にほど近い旧中村市一円の飲食店では定番メニューとなっています。とくに、卵とじにするとゴリ特有の香りと出汁が味わえます。また、保存の利く佃煮は四万十川の土産物としても有名です。
「上り落とし漁」は、河岸沿いを遡上するヌマチチブの稚魚の生態を利用した原始的な漁法です。まず、河原の砂利で土手を盛り上げて土手沿いに簀(す)の子を立てます。土手は上流に向かって斜め方向に積み上げられます。簀の子の末端にカゴを置いて、土手沿いを遡上した稚魚を末端のカゴに入網させます。良い時には数時間で10キロも獲れるといいます。ただ、良い場所、悪い場所があるので、年ごとに漁場を交代しなければならないそうです。初期は高値(7~8千円/kg)で取引きされますが、次第に値が下がります。ヌマチチブの遡上は8月頃まで続くのですが、水温が上昇すると他の魚が多く混じり始めるため、主な漁期は3月から4月の間です。
「上り落とし漁」にはヌマチチブ以外に様々な稚魚が混獲されます。例えば、ボラ、アユカケ、ウキゴリ属、ミミズハゼ属、数種のヨシノボリ属、ボウズハゼ等々です。魚類以外にモクズガニも入るそうです。土手を高くするとアユも混じります。魚種によって遡上時期やサイズ、遡上行動などが異なるため、魚類研究者としては、これら混獲物は四万十川に生息する通し回遊魚の遡上生態を知ることのできる“宝の山”に見えてきます。もし、四万十川に来られることがあれば、ぜひゴリの風味もご賞味頂ければと思います。

※画像はクリックすると拡大します。

ゴリの唐揚げ(左)と佃煮(右)。四万十川流域でよく親しまれているゴリ料理です。

ゴリの上り落とし漁のようす。土手に沿って簀の子が立てられています。遡上するゴリはこの簀の子に導かれて端に仕掛けたカゴに入ります。

 

獲れたばかりのゴリ。春の四万十川の風物詩です。